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2021年10月29日

Bentoに魅せられて ベルトラン・トマ BERTRAND(ベルトラン)代表

弁当文化に魅せられトマさんが開いた弁当箱専門店「Bento&co」の前で =京都市中京区(柿平博文撮影)

弁当文化に魅せられトマさんが開いた弁当箱専門店「Bento&co」の前で 
=京都市中京区(柿平博文撮影)

Anime(アニメ)、Bonsai(盆栽)、Origami(折り紙)...。世界をせっけんする日本のポップカルチャーだが、昨今、注目を浴びるのが「弁当(Bento)」だ。人物や動植物、アニメのキャラなどを模した具材で彩った〝キャラ弁〟に世界が驚愕(きょうがく)したが、そんな日本の弁当文化に魅せられ、京都市で弁当箱の専門店を営むフランス人がいる。ベルトラン・トマさん(40)。京都からネット通販で世界105カ国に弁当箱を売ったトマさんに、日本の弁当文化の魅力を聞いてみた。(聞き手 編集委員・岡田敏一)

きっかけは日本のアニメ
買い物でいつも通る寺町通と六角通の交差点を少し西に入ったところに、見慣れない店ができたのは、平成24年春のことだった。

「Bento&co(ベントーアンドコー)」という不思議な店名にひかれ店内に足を踏み入れると、何と弁当箱の専門店。かわいい芸妓(げいこ)さんと忍者を模した弁当箱は、2段重ねで頭の部分がお椀(わん)になっている。

芸妓や忍者を模したかわわいいオリジナルの弁当箱。2段重ねで、頭の部分がお椀になっている=京都市中京区(柿平博文撮影)

芸妓や忍者を模したかわわいいオリジナルの弁当箱。2段重ねで、頭の部分がお椀になっている
=京都市中京区(柿平博文撮影)

にも美しい花柄をあしらったものや、職人の技が光る曲げわっばのものなど多種多彩。さらに弁当箱を包むきんちゃく袋や水筒、箸といった関連商品も。

商品を手に取りながら店員さんに話を聞くと、経営者は何とフランス人。そんなわけで、初取材から約10年。再びお店でお話を伺った。

生まれ故郷は仏・リヨン南西の街サンテティエンヌ。パリから電車で南東に約3時間半。国連教育科学文化機関(ユネスコ)認定のデザイン都市で、サッカーの元日本代表、松井大輔さんが一時、所属した1部リーグ「ASサンテティエンヌ」の本拠地だ。

そんな街で20歳まで暮らしたトマさん。「実家は田舎の方で、庭の隣では牛がウロウロ。トウモロコシ畑や麦畑が広がっていましたね」。のどか過ぎる田園風景をバックに、野山を駆け回る日々を過ごした幼少期、人生を変える出来事が起きる。

「7歳の時でした。テレビで日本のアニメ『ドラゴンボール』を見て、大ファンになったんです」

1980年代のフランスでは「ドラゴンボール」をはじめ「聖闘士星矢(せいんとせいや)」や「うる星やつら」「美少女戦士セーラームーン」といった日本のテレビアニメに子供が熱狂した。インターネットもスマートフォンもなく、娯楽の中心がテレビだったこともあり、トマさんも日本のアニメのとりこに。

追い打ちをかけるように、90年代になると任天堂のスーパーファミコンが全世界で大ブームに。「アニメもゲームもすごい。ニッポンって、どんな国なんだろう」。日本でいえば高校生の頃には、まだ見ぬ国、ニッポンへの興味が日々、高まった。

その思いは大学に進んでから、さらに募った。名門大学グルノーブル政治学院に入学し、トマさんはついに行動に出るのだった。

弁当箱 母の言葉でひらめく
フランスの名門大学グルノーブル政治学院に進んだトマさん。テレビアニメ「ドラゴンボール」と任天堂のスーパーファミコンに衝撃を受け、幼い頃から大の日本好きだったところ、1年生で日本の歴史の授業を受け、日本への興味がさらに深まった。

居ても立ってもいられなくなったトマさんは意を決し、日本に行くことを決めた。「夏休みに必死でアルバイトをしてお金をため、日本への観光ツアーに参加したんです」。平成14年9月のことだった。

「日本の文化や歴史を感じさせる京都に感銘を受けた」と話すトマさん=京都市中京区(柿平博文撮影)

「日本の文化や歴史を感じさせる京都に感銘を受けた」と話すトマさん
=京都市中京区(柿平博文撮影)

約2週間で東京や広島、京都などを観光したが「そもそも飛行機に乗るのも、海外旅行も初めて」とあって、日本の地はとにかくエキサイティングだった。「アジアを代表する大都市、東京にも驚きましたが、とりわけ、日本の文化や歴史の素晴らしさを感じさせる京都に深い感銘を受けました」

京都に魅せられたトマさんは15年9月、交換留学制度で京都大学に。法学部に在籍し、1年間、京都生活を満喫した。「本当に楽しかったです。寮生活で30カ国の留学生の友人ができた」ほど、忘れがたい経験に。その後、卒業後の進路について「同級生はMBA(経営学修士)の取得など目標が明確でした。しかし僕は、一時、ジャーナリストに憧れたこともありましたが、これといって何かしたいことはなかった」。両親のハードな仕事ぶりを見て、法律関係に就く気もなかった。

ただ「大好きな京都に行けば、何か面白いことができる」との確信があった。そこで卒業してすぐの17年、ワーキングホリデーのビザを取り、京都市に。フレンチレストランのウエーターなどをしながら、京都や日本の文化や情報、出来事などをフランス語で発信するブログ「La rivière aux canards」(フランス語で「鴨川」の意味)を立ち上げた。

当時、個人のブログはまだ珍しかったうえ、日本や京都好きのフランス人は多く「1日に約千人がアクセスするなど、予想以上の反響がありました。フランスのラジオ局など多くのメディアから取材も受けました」。

トマさんはブログを続けながら京都に根を下ろし、ビジネスのアイデアを考え始めた。「最初は、フランスからさまざまな商品を輸入し、日本で売れば面白いと思っていたんです」

大阪・難波の小さな企業や、フランス人が京都で手掛ける観光ビジネスを手伝ったりしながら、チャンスをうかがう中、転機がやってきた。

ある日、フランスに住む母親と電話で話していると、母親がこう切り出した。「そういえば、こっちの雑誌で日本のお弁当が特集されていたわ。今、すごい人気なのよ。見た目もユニークね」。そのひと言でひらめいた。「フランスの商品を日本の小さな市場で売るより、日本のユニークな商品をフランスを含む海外市場で売ればいいんだ。弁当箱は絶対受ける!」。トマさんは慌てて行動に出た。

「愛妻」「キャラ弁」 世界に
母親の助言で、フランスをはじめ海外に弁当箱をネット通販で売るビジネスに活路を見いだしたトマさん。「母の助言からわずか数週間後」の平成20年11月、自宅をオフィスに、まずフランス語の通販サイト「Bento&co(ベントーアンドコー)」を立ち上げた。さまざまな弁当箱の詳細を調べ、商品を卸してもらうべく、製造メーカーに当たり「石川県の業者から、弁当箱やお箸、きんちゃく袋などを段ボール2箱分、5万円で仕入れました」。

読みは当たった。自身のブログで宣伝したことも奏功。通販サイトの開設から1時間余りで注文が入り始めた。その後も、トマさんのブログの読者たちがネットで拡散させ、それをフランスのメディアが報じるなどし、通販サイトはたちまち有名に。無論、売り上げもぐんぐん伸びた。

日本の「Bento」は世界で人気。「国際Bentoコンテスト」の優秀作から(本人提供)

日本の「Bento」は世界で人気。
「国際Bentoコンテスト」の優秀作から(本人提供)

22年に自身の会社「BERTRAND(ベルトラン)」を設立し、通販サイトには英語版と日本版を新設。24年には京都市中京区に実店舗もオープンした。現在、扱っている弁当箱などは、人気のオリジナル商品を含め計約500種類。世界105カ国に販売している。

5万円で始めたビジネスは現在、年商2億円。日本人には当たり前の弁当が、外国人には極めて珍しいと気付いたアイデアの勝利だ。「フランスの会社員は大体、自分で作ったおかずを保存容器に入れ、それを昼休みにお皿に出して食べていた」とトマさん。日本の弁当の簡便性や機能性の高さに驚嘆するのは当然だった。今では「国別の売り上げでは最初、フランスが1位でしたが、最近は米国が1位でフランスの約2倍に。豪州や香港、シンガポールなどでも人気」だという。

そんな日本の弁当は「Bento(弁当)」「Chara―ben(キャラ弁)」として海外で普通に知られるようになったが、今や「Aisai Bento(愛妻弁当)」をはじめ、夫や子供の行動に不満を募らせる妻が弁当で仕返しする「Shikaeshi―bento(仕返し弁当、bento of revenge)」という言葉まで広まっている。

世界で人気の日本の「Bento」の「キャラ弁」。「国際Bentoコンテスト」の優秀作から(本人提供)

世界で人気の日本の「Bento」の「キャラ弁」。
「国際Bentoコンテスト」の優秀作から(本人提供)

一方、トマさんは20年から毎年、全世界の腕自慢が自作の弁当を競い合う「国際Bentoコンテスト」を開催したり、28年からは、商品発送を省力化する独自の新事業「Ship&co(シップアンドコー)」も始めたりするなど新たな挑戦も。

国内外問わず、発送する商品(荷物)に張り付ける送り状などは運送業者によって様式が異なるため、業務が煩雑(はんざつ)を極めていたが、これを簡単に統一化するシステム。ここ数年、導入に踏み切る通販業者が増えているという。

一昨年10月17日付英BBC放送(電子版)が〈「弁当」という言葉は江戸時代に生まれたとされ、今では日本の家庭で年間、計約50億食(うち7割は大人向け)作られている〉と報じるなど、日本の弁当文化は世界を席巻している。トマさんの挑戦は続く。

【プロフィル】べるとらん・とま 1981年、仏リヨン近郊サンテティエンヌ生まれ。平成15年、仏グルノーブル政治学院から京都大学へ交換留学生として初来日。大阪市での企業勤めを経て20年に独立し、弁当箱専門のネット通販ショップ「Bento&co(ベントーアンドコー)」を開業。24年、京都市に弁当箱専門の実店舗を開業し、話題に。28年には商品発送を省力化する新事業「Ship&co(シップアンドコー)」をスタートさせた。

(産経ニュースより)